2018年

12月

17日

谷川岳(天神平)雪訓

日時:12/15() 930分~15(小雪のち曇)

場所:谷川岳天神平

参加者:A()(L)M(SL)H野,T置,I出,I

 

訓練の概要:

①シーズンを迎えるに当たっての、装備と基本技術の確認。

②雪崩発生に伴う埋没を想定した対応訓練

③ゲレンデでの滑走練習

メモ:

直前の寒波の影響(恩恵?)で、天神平での積雪は約1m。

先ずはシールを装着して、北側の田尻尾根への斜面の中段まで登り(ひざ下ラッセル)、雪面観察とピットチェックを行う。

表面から約6070cm下の堅い層の上に、降り続いた新雪が載った状態。

シャベルコンプレッションテストでは、手首・肘を支点にした圧力に対しては、積雪は均等に飛散。肩支点で、上記の層から大きく破断することが確認された 。

講師のH野さんから、より実践的な方法として、ハンドテストについて紹介いただき、先程と同様の破断状況を確認。

 

続いて、メンバーの一人が雪崩に巻き込まれたとの想定の下、初動から、捜索・発見までの一連の動きについてのシミュレーションを行った。

はじめに、講師のA部さんから、雪崩発生直後の対応(大声で仲間に伝達,周囲の安全確認,目視による最終埋没エリアの特定,同時刻の共有)について説明を受け、3人一組で実際に時間を計測しながら模擬訓練を実施した。

一刻も早く埋没地エリアに到達するためには、流された距離や積雪状況等からアプローチ方法の選択や、捜索メンバー間での意思統一なども重要な要素であることが理解できた。

そ の後、会必携セットによる滑落者等の実践的な引き上げ訓練を行った。

要救助者までの距離に応じて連結したメンバーの細引きの一端を、スキー等によるアンカーに固定し、中間の折り返し部分を要救助者簡易ハーネスのカラビナに通して、1/2システムでの引き上げを実施。

連結方法は諸説あるが、今回の2本束ねてのエイトノットは、比較的カラビナ通過もスムーズなことや、要救助者の状況に応じて、ゴボウと肩絡みによる確保も有効であることなども実感できた。

 

最後に何本かゲレンデ滑走を行う。

周辺斜面は雪上訓練を行うグループで大盛況ながら、スキー場は未稼働のリフトや滑走禁止のコースもあって至って静か。

上質パウダーも楽しめた初滑りとなっ た。

 

以上

 

 

2018年

12月

16日

奥多摩むかしみち

日時】2018年11月25日(日)

【場所】奥多摩むかしみち(奥多摩駅→奥多摩湖)、ハイキング

【メンバー】M森、カミさん

  何度も行ったことがある奥多摩だが、紅葉の季節、初めて駅からダム付近までの旧道を歩いた。山村の中、鉄道遺産、楓の大木など、見どころがあった。

2018年

12月

10日

「みちのく潮風トレイル」歩き

【報告】
日時:121日(土)~3日(月)
地域:陸中野田~田野畑
メンバー:FA、FM
内容:2年前にこのトレイルの北の出発地点である蕪島から久慈まで歩いたが、今回はFM2人で陸中野田から田野畑まで歩いてきた。季節的には遅いかと危惧していたのだが、天候に恵まれたのでむしろちょうどよい時期だったと言えそうだ。そして何より「大人の休日倶楽部パス」を活用したので格安の旅となった。

 

 

 

1日朝、東北新幹線で八戸へ。そこからJR八戸線で久慈、さらに三陸鉄道(三鉄)に乗り継いで陸中野田に昼頃到着した。盛岡では雪が降り積もっていたし、八戸線に乗ってからも氷雨や霰が降っていたのでやはり時期的に遅かったのかと心配になった。しかし、だんだんと天気は良くなり、久慈に近づくにつれ天気が良くなってきたので一安心した。

 

薄日の指す野田の町を出てから最初は国道45号を歩き、多少のショートカットをしたこともあり、予想外に順調に進むことができたので予定より先まで行けそうな目途がついた。そこで、満室のはずの国民宿舎「えぼし荘」にダメモトで電話をしてみたところ運よく泊まれることになったので、途中の駅から引き返して素泊まりで泊まることにしていた久慈の三船旅館はキャンセルした。

 

その後は山側の未舗装のなだらかな林道歩きになった。葉の落ちた林の中一面にシイタケ栽培がおこなわれていた。このあたりの特産品なのだろうか。やはり気温は低いので道の日陰では氷が張っているところもあり霰もぱらついてきたが、順調にえぼし荘に到着した。ここには近所の復興住宅と思しき家から温泉に入りに来ている人達がいた。

 

<陸中野田駅発1245~野田玉川駅付近1405/15~えぼし荘着1550

 

 

 

2日はバイキングの朝食を腹いっぱい食べてから良い天気の中を出発。三鉄の絶景ポイントとして有名な安家川橋梁を見上げながら国道を歩いたのちは海岸沿いの里道歩き。沢川河口の細い流れを石伝いに渡った後は笹丈が高くて道迷いをしやすいところだそうだが、枯れているので難なく歩くことができた。また、久しぶりに霜柱を踏んで歩くのは気持ちの良いものだ。

 

白井集落の近くですれ違った車に乗った地元のオジサンとしばらく話しこんだ。彼が言うにはその先のトレイルはかなり荒れているとのことだった。そこで白井漁港まで下った後は里道とよく整備された仕事道に迂回して普代の町に向かうことにした。普代駅の待合室で持参のチョコバーなどの行動食をザックから取り出したところ、出張販売中の駅前の寿司屋が売り込みに来たので行動食は再びしまい込んで美味しい寿司を食した。

 

その後はその巨大さゆえに全ての村人を津波から守ったという普代水門を見てから、海沿いのネダリ浜自然歩道を通るなどして、予め予約しておいた国民宿舎「くろさき荘」に到着。近くには灯台や北緯40度の記念碑などもあった。歩く者もほとんどいない11月と12月前半限定の「潮風トレイル応援パック」なる宿泊プランなので夕食時には生酒のサービスがついた。実際、この3日間、トレイルを歩く者とは一人も会わなかった。

 

<えぼし荘発805~白井海岸1015~普代駅1135/1205~ネダリ浜休憩所

 

1335/40~くろさき荘着1450

 

 

 

3日もバイキング朝食。今日は標高150m前後のところをリアス式海岸の凸凹に合わせるようにあまりアップダウンせずにトラバースする良く整備された道を歩く。昨日に続き晴れてはいるが、当然のことながら気温も低いのでのども乾かずに快適だ。まだ紅葉している部分もあるが、葉が落ちているので海を望め、落ち葉を踏みしめての気持ちの良い歩きだ。トレイルの両側の森林も良く手入れがされていることに感心した。

 

薄暗い沢道を下ったところで観光地として有名な北山崎に着いた。この先は海岸近くまでの階段の昇り降りがあって時間がかかるので県道を経由して割愛した。こちらの道はまさにイーハトーブの景観で癒される。迂回した後、本来のトレイルに戻るとそこは海岸の崖上だ。海側に足を踏み外したら助かるまい。徐々に高度を下げ、海岸に出て手堀りのトンネルを二つ抜けると、かつては栄えていた番屋の建ち並ぶ机浜に出た。津波で流されてしまったが再建し、今はNPO法人によって漁船のクルーズを行うなどしているそうだ。西側に山が迫っているので2時を過ぎると薄暗くなってきてしまう中、目的地の田野畑駅に着いた。

 

そこから三鉄で久慈に戻って旅館に泊まり、3日間、約50㎞の歩き旅を終了とした。

 

<くろさき荘発800~北山崎1135/1200~手掘りトンネル入り口1315/20

 

机浜1410/20~田野畑駅着1540

 

 

 

4日は予想に反して天気は悪くならなかったが、そのまま八戸に出て帰京した。

 

 

 

実は二月ほど前に三鉄震災学習列車という震災の話を三鉄の社員に聞きながら乗車する機会があったのだが、鉄道ではトンネルが多く海を見られるところは限られていた。しかし今回は海を眺めながら、あるいは逆に三鉄を見ながらの歩きになった。

 

山登りの時は「山に登るための道」を歩くが、今回のように「生活(仕事)のための道」を歩くことは違った面白さがあると改めて感じた。帰京した翌々日、Bunkamuraで開催中の絵画展「ロマンティックロシア」を観た際、そこにあった風景画に既視感を覚えた。もちろんロシアの広大な大地とみちのくトレイルでは比べるべくもないが、両者に共通する「道」の持つ魅力について考えさせられた。

 

前述の通り章にとっては2回目、FMにとっては初めてのみちのく潮風トレイル歩きだったが、また別の区間を歩いてみたいと考えている。     

以上

2018年

11月

26日

立山 山スキー

【報告】
日時:11月23日(金)~25(日)
山域:立山
メンバー:SF、会員外
内容:

This weekend I went to Murodo with a friend.

We stayed at Mikuri gaike onsen, great food there.

There is much less snow than usual at this time of the year.

 

On Friday we did a little climb up to Tsurugi gozen Goya. We were the first people to ski down! Good snow but quite some rocks.

 

On Saturday we could find some amazing snow for a 1000m downhill behind Tsurugi dake and a cute 300m couloir below Ippuku Tsurugi.  Weather was excellent and snow was stable.

 

 

On Sunday, we wanted to try the Tateyama - Masago ridge but unfortunately the wind was far too strong to continue safely and we had to stop at Oyama. Since it was still early, we then hiked a little bit towards Harinoki. Not enough snow there for skiing but good playground for snow hiking.

2018年

10月

04日

ロ-ドバイク 日本縦断の旅

ロ-ドバイク 日本縦断の旅

2018 .05. 10 ()6. 08(金) 



                                  A部

                      

1 はじめに 

 

これまで車による日本一周、徒歩日本横断、残る日本縦断は当初計画にはなく縦断を行えば一区切りとなると思い自転車で実行することにした。自転車は不慣れなので、30歳の時に作ったロ-ドレ-サ-で練習を始めたが、最初は20kmも走ると疲れてしまう有様であった。自転車も改良を重ね荷の軽量化も行いチャリ旅に出かけることにした。

 

 

2 日 程 

移動日 < 510日(木)>  晴れ  19 km     

 東京駅 == 新大阪 == 鹿児島中央 ==1536山川 ・・ 道の駅 山川港活お海道泊 

 装備を局留めで送っておいたので、荷は自転車とザックのみ。それでも輪行袋は重く移動しづらい。スキ-装備がプラスされたらさぞ大変だろうと思う。新幹線はやはり速い。山川駅到着。自転車を組み立て山川郵便局留めの荷を自転車に取り付ける。砂蒸し♨へ行ってみるが時間オ-バ-で入れず。開聞岳が大きい。道の駅では、自作キャンパ-のおじさん(大工さん)と2人だけの静かな夜であった。

1日目 < 511日(金)>  快晴    129 km    

700山川港活お海道 ・・・ 山川港 ・・・ 根占港 ・・・ 佐多岬 ・・・ 根占港 ・・・・ 1610 道の駅  錦江にしきの 泊 

 さすが南国、暖かく昨晩はぐっすり眠れた。快晴の空の下開聞岳に見守られ根占港へ。潮風が心地よい。フェリ-からは桜島も遠望できた。1時間余りで根占港に到着。ここから佐多岬まで40km強の道のりで以外とアップダウンがあった。日本一周の時は車だったのでほとんど気がつかなかったが改めて文明の利器を感じる。ガジュマルの前で記念撮影。「さあ、いよいよ日本縦断が始まるぞ!」と気合いが入る。今回は恥ずかしながら安全も考え「日本縦断中」と書いた反射板を自転車の後ろにつた。結果的にこれが、たくさんの出会いにつながった。

2日目 < 512日(土)>  快晴  124 km  

530道の駅:錦江にしきの ・・・ 国分 ・・・ 伊佐 ・・・ 水俣 ・・・1900道の駅 水俣泊

 心地よい波の音で目覚めた。快晴だ。計画段階ではすべて外食と考え準備していたが、朝晩の食事はやはり温かい物を食べたいので昼は外食、朝晩は食材現地調達で自炊を基本とするに変更し本番に臨んだ。装備は若干増えたが正解だったと思う。海岸線を五月晴れの風を受け走るのは実に気持ちいい。

3日目 < 513日(日)> 雨ツ  18 km                    

800 道の駅水俣 ・・・湯浦 ヘルシ-パ-ク芦北 ・・・1530 T嶋さん宅 泊( 佐敷 ) 

 昨日、会のY作さんからTELがあり、熊本のY作さんの友人宅に泊めていただくことになる。時間が早いので湯浦の温泉でまったりした。T嶋さん宅で地元の友人も集まり奥さんの手料理で大変ごちそうになり恐縮の晩だった。    

4日目 < 514日(月)> 晴れ  107 km                   

550 T嶋さん宅 ・・・宇城市 ・・・1500鹿北ゆ-かむ温泉 ・・・1750岩野川 河原 泊

  牛乳屋さんのT嶋さん家族は朝が早い。暗いうちに仕事に全員出発されていたので後でお礼のTELをする。昨日は雨で距離が伸ばせなかったので今日は少し頑張ろう。

5日目 < 515日(火)> 晴れ 108 km                     

550 河原T.S.・・・熊本 ・・・太宰府 ・・・1600道の駅むなかた ・・・1750S野さん宅泊

 太宰府で歩道に乗り上げる際、縁石の段差が通常の倍あり転んでしまった。不意の転倒でペダル固定のままでけががなかったのは不幸中の幸いであった。貴重な進入角度注意の学習ができた。道の駅むなかたでブルベで600km体験者の方に話しかけられ、是非我が家へと勧められお世話になる。白い独創的な家で奥様は海外でも名の通った作家の素敵なご夫婦であった。

 6日目 < 516日(水)> 晴れ  136 km                  

550 S野さん宅 ・・・ 道の駅むなかた ・・・ 門司 ・・・ 関門トンネル ・・・ 下関 ・・・1900 道の駅 北浦街道豊北 

 早朝、S野さんに道の駅まで併走していただき6日目をスタ-ト。幹線を外したさすが地元のチャリダ-お勧めコ-ス。途中、ドライバ-から「同じ匂いがしますよ。頑張ってください」とエ-ルをいただく。嬉しい限りである。海岸線を走り小倉に入る予定であったが、なんと若戸大橋は自転車通行不可!230‘迂回することになってしまった。自動車専用道やバイパスは要注意である。関門トンネルは徒歩、自転車は押して通れるトンネルで海の下とは思えなかった。

7日目 < 517日(木)> 晴れ  104 km                    

600 道の駅 北浦街道豊北 ・・・ 萩 ・・・ 田万川温泉憩いの湯 ・・・1740 道の駅 ゆとりパ-クたまがわ 泊

明日天気が崩れる予報なので距離を伸ばそうと思うがやはりそうはなかなか行かない。1100km走行くらいが一番いいようである。3時起床、5時半出発パタ-ンは山の行動と同じ。日本海がきれい。車では味わえない自転車ならではだろう。飽きることはない。

8日目 < 518日(金)>  雨ツ  64 km                 

550 道の駅 ゆとりパ-クたまがわ .・・・ 1210 国民宿舎 千畳苑 温泉 ・・・1630 民宿 江川 泊

 今日は雨。しかも大雨との予報。完全装備でスリップしないよう全神経を集中して走る。今旅初の民宿に泊。リ-ズナブルで口数は少ないおばちゃんもいい人。出張時の定宿とする人が多いというのもうなずけた

 9日目 < 519日(土)> 曇り 小雨 天気不安定 北風ツ  100 km                  

530 民宿 江川.・・・ 道の駅 キララ多岐(昼食) ・・・ 1710 湯の川温泉 ・・・ 1840 道の駅 湯の川                              


  小雨混じりの強い北風、しかも向かい風で一桁台のスピ-ドで北上するもなかなか距離が伸びない。昼食は大奮発して豪華海鮮丼。斐伊川に架かる長い「からさで大橋」はあまりの強風のため、危険を感じ自転車を押して渡る。今回、初であった。橋を渡り終わって荷の緩みを直していると道路脇で農作業していたおじさんが手伝ってくれお茶までごちそうになる。
 

10日目 < 520日(日)> 曇り 北風ツ 寒い  111 km                      

550 道の駅 湯の川 ・・・ 米子  ・・・ 1920 道の駅 はわい 泊

 今日も北風の向かい風。まあ雨よりいいがこれも山のトレ-ニングの一環と思えばありがたいと思わねばと自分に言い聞かせながら、ペダルを踏む。大山は日本海からそそり立ち存在感がある山だ。道の駅「はわい」はチャリ進入禁止で手前のPにて泊。自転車を立てかけた時、バックミラ-が外れ草むらに落ちてしまい探すが見つからず。明日明るくなってから探すことにする。空気入れのパ-ツ紛失も発覚。ダブルシュックのまま就寝。 

11日目 < 521日(月)> 曇り 風ツ 92 km      

550 道の駅 はわい ・・・ 鳥取 ・・・ 道の駅 大山恵の郷 ・・・1920 道の駅餘部(あまるべ)泊

 空気入れのトラブルは、パンク時致命的になるのでパンクしないことを祈りながら、鳥取市駅前の自転車専門店を目指す。ネットでの情報入手は本当にありがたい。ポンプ゚とバックミラ-購入。安堵した。購入したバックミラ-は大型で後方視界が広くしかもライト付き。おかげで恐怖の後方トラック確認がずいぶん楽になった。何が幸いするかわからない。人生そのものだ。その後快調に走れ、精神的な安心感というものはとても大切と思った。 

12日目 < 522日(火)> 雨のち曇り 91 km                

550 道の駅 餘部. ・・・  白うさぎ ・・・ 浜坂 ・・・ 1930 道の駅 宮津 付近の漁港市場P 泊

 自転車で走っているとその土地の行政がよくわかる。今日走った兵庫県香美町の道路は素晴らしかった。歩行者、自転車を大切に考えていることがよくわかる。ほとんどの都道府県の道路は自動車最優先で歩道は付け足しが実に多い。トンネル通過は本当に危険で、そこはこれまでの中で最も安心して走れた。トンネル新設時の良いお手本だと感心した。

13日目 < 523日(水)> 雨 53 km                  

550 宮津 漁港市場P .・・・  高浜 (ホ-ムセンタ- ) ・・・1200 シ-サイド高浜  湯ぷる 泊

  風でテントがあおられ夜中に何度かテント張綱・支点を直す。下界でのテント

設営地選定はなかなか難しい。今日も雨模様なので早々に切り上げる。途中、日本

縦断の反射板の紛失に気づき、2作目取付。走行中、想像以上に風であおられちぎれたのだろう。

14日目 < 524日(木)> 曇りのち晴れ 108 km                  

550 シ-サイド高浜 ・・・ 小浜 ・・・ 敦賀 ・・・ 越前 ・・・ 鯖江 ・・・ 1800道の駅 西山公園 泊

  会友のN村さんは金沢に帰ってきているかもしれないがTELがわからないので

連絡は無理かなと思っていた矢先、メ-ルが入る。なんとその本人からであった。

あまりのタイミングにビックリポンであった。早速、連絡を取る。富山のT田さんとも連絡を取る。

15日目 < 525日(金)>  晴れ 88 km                                   

550 道の駅 西山公園  ・・・ 福井 ・・・ 小松 ・・・ 1600  N村さん宅 泊(金沢)


金沢市内ど真ん中にもかかわらず閑静な住宅地のN村さん宅にお世話になる。素敵な自転車が玄関先においてあった。家の用事で多忙にもかかわらずおもてなししていただき恐縮した。

 

16日目 < 526日(土)>  晴れ 54 km                  

830 N村さん宅 ・・・砺波・・・となみの湯・・・サイクリング道・・・ 高岡見学・・・・2100高岡 泊 

 R359で富山を目指す。200mほどの内山峠を超えれば砺波まであと少し。道の駅砺波でT田さんと合流。慢心の笑顔で迎えてくれ嬉しかった。庄川沿いのサイク


リング道は素晴らしい。国宝瑞龍寺を見学。T田さん行きつけの料亭で地元の海の幸を堪能させていただく。 

17日目 < 527日(日)>  快晴 118 km                  

550 高岡 === サイクリング道 ・・・ 富山 ・・・ 黒部 ・・・ 1630 道の駅 名立 泊

 T田さんにサイクリング道スタ-ト地点の海王丸パ-クまで送っていただく。海岸線沿いル-トは気持ちいい。黒部で市民マラソン開催中に遭遇。後で知ったがこの時、甥っ子が出場していた。今日はこの旅、最要注意区間の親不知の通過が待っている。偶然にも日曜日ということで大型トラックは少ないようでラッキ-であった。それでもトンネルに入る度に気合いを入れ直して通過する。車では何度となく通っている道であるが自転車となると大違いである。懐かしの栂海新道拠点も無事通過。昨年を思い出す。海てらす名立に着いたときは本当にほっとした。

18日目 < 528日(月)>  晴れ 128 km                  

550 道の駅 名立 ・・・ 糸魚川 ・・・  柏崎  ・・・ 1800 新潟 泊

 今日は新潟まで。距離は長いが風もなく日本海に沿って走るのは気持ちいい。

なんといっても故郷新潟に向かうのは何ともいえないものがある。柏崎で友達の実家に寄りお線香を上げてくる。兄宅ではいつも歓迎してくれありがたい。甥っ子が昨日黒部マラソンに出たことを知り記録を見せてもらう。仏壇の両親に旅の無事をお願いする。 

19日目 < 529日(火)> 晴れ 93 km                  

630 新潟 ・・・・ 村上 ・・・ 1900  道の駅 笹川流れ 泊

  朝、市内に住む妹宅による。お昼にと筋子入りのおにぎりとおかずをいただく。

母親の味がした。新潟県は南北に長く、山形県までかなりある。日本海沿いにずっ

と走っているが飽きることはない。特にこの笹川流れは奇岩が多く夏は海水浴客

で大賑わいであるが今は静寂そのもの。

20日目 < 530日(水)> 時々小雨後晴れ 116 km                 

550 .道の駅 笹川流れ ・・・ 油良 ・・・ 酒田 ・・・ 1530  道の駅 象潟 泊

 不安定な天気の予報であったが雨はわずかにぱらつく程度。起伏のほとんどない道路を快調に走る。酒田に近づくにつれ鳥海山がその姿を現し裾野の広さを実感。鳥海山は山スキ-で滑っており大好きな山の一つである。道の駅併設の温泉から眺める鳥海山は格別である。24H解放の休憩室が利用でき日本一周中の若者2人と泊まる。一人は20回以上パンクしているという。軽量化はやはりパンクに影響することが実感できた。

21日目 < 531日(木)> 曇り後雨 80 km                  

550 道の駅 象潟 ・・・ 由利本荘 ・・・ 秋田 ・・・1330 道の駅 天王 泊

 今日も天気が不安定で午後からは高い確率で雷雨注意報が出ていたので昼過ぎ

には本日の宿泊地まで走ることにした。朝食が早いので10時頃には昼食。朝・昼・行動食・夕食と4食ペ-スでちょうど良かった。海岸線のサイクリング道で砂の吹きだまりにはまりSPDペダルが外れず転倒。幸いけがなしてあった。見守られている自分を感じた


22日目 < 61日(金)> 雨後曇り 81 km                            

710 道の駅 天王 ・・・ 八郎潟 ・・・ 能代 ・・・ 道の駅 はちもり 泊

  雨で出発を遅らせた。昼前には雨も上がる。本日、カセットガスを購入。今回は山用のガスではなく家庭用のカセットコンロ用ガスを使用。理由はコンビニで手に入るという点である。昨年、日本横断で実証済みである。今回の旅では、食糧調達・水確保・ゴミ処理の心配無用ということは山とおおきな違いである。次の候補地点を計算しながら、なおかつ緊急時用の水、食糧は確保しつつ軽量化を考えることは山と共通である。

23日目 < 62日(土)> 雨後曇り 123 km                   

550 道の駅 はちもり .・・・  深浦 ・・・ 青森 ・・・ 1730青森健康ランド・・・青函フェリ-2330(フェリ-船中泊)

 今日はいよいよ本州完走である。ロングランとなるが気合いが入る。教えてらったR101は起伏も少なく海岸線もきれい。やはり地元の情報はありがたい。ロングランはル-ト取りが大切と実感。白神山地、岩木山と好きな山見えると力が湧いてくる。

24日目 < 63日(日)> 朝雨後快晴 137 km                  

330 函館フェリ-タ-ミナル ・・・ 森 ・・・ 長万部 ・・・道の駅  豊浦 泊

 最終ステ-ジに入る。6月の北海道は憧れであった。空気が違う!道路が広い!スケ-ルが違う!今日はできたら豊浦まで。路面はいいとはいえないが信号がほとんどなく快調に走っていた。しかしアクシデントはこんな時に起きるもの。路面の陥没を避けきれず通過したときのショックでなんとキャリア-を固定している6mmのステンレスボルトが2本破断してしまった。これには本当に困った。落ちた部品を探しているとすぐ前の家のおじさんが出てきて探してくれた。息子さんまで一緒に手伝ってくれ、家にあるボルトで固定してみたりしてみたがうまくいかず、知り合いの自動車屋さんやホ-ムセンタ-でボルトを探し買ってきてくれなんとか固定することができた。この旅でいろいろ人にお世話になっているが本当に助かった。困っている人を助けることが、この旅での恩返しになると思った。

25日目 < 64日(月)> 快晴 101 km                                 

630豊浦 ・・・ 喜茂別 ・・・ 1330中山峠 ・・・ 1500札幌 

 今日は札幌まで。羊蹄山が大きい。途中休んでいると農家のおばちゃんが声をかけてきて冷え冷えのドリンクをいただく。今日の北海道は全国一の最高気温を記録した日であった。こんな日に中山峠超えとは・・・これも山のいいトレ-ニングと思えばありがたもの。一漕ぎ一漕ぎすれば必ず峠に到着することは間違いない。車だけが要注意。幌山の会のA元さんが藻岩山下、慢心の笑顔で迎えてくれた。この旅ではこんな場面がいくつもあり、嬉しかった。八甲田山でご一緒したSさん、Oさんも集まってくれ縦断の旅の成功を祈っていただいた。焼き肉をごちそうになりこんな幸せな気持ちにしてくれる山の仲間はありがたいものだと思った。

26日目 < 65日(火)> 晴れ    107 km                        

550 札幌・・・ 当別 ・・・ 新十津川 ・・・1400 道の駅 サンフラワ-北龍 泊

早朝の札幌はすがすがしく、昨日教えていただいたル-トを走る。豊平川沿いのサイクリング道は素晴らしい!それにしても北海道の道路は広い!さすがに昨日の峠越えの疲れが大きく残る。予定より前で泊とする。例の6mmボルトが緩みがち。装備の不調は行動に大きく影響するので今回も貴重な経験と自分の引き出しに入れておこう。

27日目 < 66日(水)> 快晴 149km                  

550 サンフラワ-北龍 . ・・・ 留萌 ・・・ てしお温泉 夕映え ・・・1930道の駅 手塩 泊

  今日は手塩まで 今回最長距離となる。この旅初のパンク。この旅最後になるだろう道の駅手塩にて泊。さすがに最北に近く夜は冷え込む。

28日目 < 67日(木)> 曇り後雨 125 km                  

500 道の駅 手塩 .・・・ 稚内 ・・・1030 宗谷岬 ・・・ 1330ライダ-ハウスみどり湯 泊

 いよいよ今日は宗谷岬!朝の始業点検にも気合いが入る。キャリア-の緩みは細引きでかろうじて固定してある。天気は北に行くほどあまり良くないようである。道路標識に稚内が出てきた時は本当にここまで来たんだなと思い嬉しかった。稚内に入り宗谷岬に向け雨のラストランである。これまでのことがいろいろ頭に浮かんでくるが最後まで気を抜かぬようペダルを踏んだ。着いた!宗谷岬!もう風雨の寒さは感じなかった。こんな天気でも観光客はいた。休憩場で昼食後、稚内へ戻る。向かい風の雨で時間がかかる。これまでは常に北上してきたが初めて南下。

移動日 < 68日(金)> 晴れ                    

6:00 ライダ-ハウスみどり湯 .・・・ 640 南稚内 ・・・ 旭川 ・・・ 札幌 ・・・新函館北斗・・・ 大宮 

  昨日、自転車を輪行袋に入れ、荷物は宅配に出し、帰路のキップ購入がてら南稚内駅周辺を散歩した。宿泊したライダ-ハウスは有名らしく夏場の最盛期は50人もの宿泊者とのこと。気さくなおばちゃんで、ボランティアだよと笑っていたが今の時代1000円で気持ちよく泊まれる宿はそうないだろう。昨晩は、おばちゃん、チャリ日本一周の若者、ライダ-、列車マニアで話が盛り上がった。みどり湯という銭湯が併設されており、そこは子供の頃に入った、半世紀前の銭湯そのものであった。いい宿だった。

 

目が覚め「さあ今日はどこまで走ろうか」と一瞬考えたが、もう帰る日かと思い直す。旅人達に別れを告げ電車に乗り込む。電車はなんというスピ-ドで走る化け物なんだろうと思った。この一ヶ月あまりの旅のことがいろいろ脳裏をかすめる。ある意味、昨年の日本横断よりも危険の多い旅であった。この旅を無事終えられたことは、家族、山の仲間、地元の人、旅人・・・たくさんの人たちのお陰とつくづく思う。ありがとうございました。

      

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2018年

9月

01日

花山歩道から永田岳、宮之浦岳へ

 屋久島の中でも最も原生に近い森の姿を見ることが出来る、とされる花山歩道から

永田岳、宮之浦岳に登った。

【日程】2018年8月9日(木)~11日(土)

【山域】屋久島、永田岳、宮之浦岳

【メンバー】M森

【行動概要】

8/9(水)晴れ

6:00 青少年旅行村タクシー発、途中、大川(おおこ)の滝に寄る

6:40 花山歩道登山口発 520m

8:15 カスミ谷展望台

10:05 花山広場

11:30 ハリギリの巨木

13:45 鹿之沢(しかのさわ)小屋 1560m

 

 前夜は屋久島青少年旅行村のバンガロー泊り。予約したタクシーに6時に乗車。花山歩道入口まで入れる運転手はこの会社でも一人しかいないとのことで、二か月以上前に予約した。

 予約時は、道の状態が悪いので、ジャンボタクシーになると聞いていたが、来たのは普通のクラウン。林道周辺が伐採作業中でトラックが通るので、路面状態が良いのだそうだ。途中大川(おおこ)の滝に寄ってもらう。

 花山歩道下部はヒルが多いようなので、スパッツや靴にはヒル除け剤をたっぷり吹き付けて、ストッキングまで履いてきたのだが、運転手さんによると、「歩道の状態は悪くない、ヒルは少ないよ」とのこと。実際、今回の山行中、ヒルを見ることは無かった。

 花山歩道は踏み後は全体にはっきりしている。ただ、下部は下生えが少ないので、どこでも歩けそうで、頻繁に赤色テープの確認は必要だった。時々見失って、少し戻ってよく探すと次のテープが見つかる。テープはさほど古くなく鮮明だった。

 3時間強で花山広場へ、巨木に囲まれ、少し北へ下ると美しい流れがある。オニヤンマが産卵していた。ハリギリの巨木までが意外とあり、「通り過ぎたのかな?」と思ったが、そんなことはなかった。それは一見して判る、見過ごしようのない大木だった。杉の巨木が高さと太さであれば、こちらは枝の分岐と広がり。低い位置から広大に広がっていく。

 大石展望台は標識の位置より先にある様だったが、スッパリ切れ落ちた露岩で、恐ろしげな場所。この付近から宮之浦岳山頂付近が見える。

 鹿之沢小屋へは急な下りとなり、小さな沢を渡るとすぐ小屋の脇に出る。小屋は樹林に囲まれ展望は利かないが、前は広場で板が敷いてあり、明るい雰囲気。泊ったのは私一人。トイレは50mほど離れているのだが、このトイレいわゆる「ポッチャントイレ」で「おつり」がある、雨水が入っているのだろうか。これには参った。

 夜は月が無く、天の川の眺めを楽しむ。

8/10(金)

3:30 鹿之沢小屋発

4:50 永田岳山頂着 1886m

5:45 発

6:23 鞍部

11:30 焼野三叉路

12:00 宮之浦岳 1936m

14:20 新高塚小屋

 永田岳で日の出を迎えるため2時起床、三時半発。四時過ぎにローソク岩の展望台まで上がると、永田集落の明かりが見える。山頂付近は巨岩帯で、ちょっとルートが判りにくい。山頂は花崗岩の巨岩で高度感、眺めが素晴らしい。雲が無かったので、朝焼けはあまりなく、淡々とした日の出だった。山頂からの下りも、最初ちょっと分りにくい。下に登山道が見えているのだが、ガスっていると迷う恐れもありそうだ。

 山頂下にビバークしたという登山者がいて、警察に連絡、ヘリコプターで救助される。焼野三叉路手前の鞍部に小沢があるが、水量は少なかった。ぎりぎり水が汲める

程度。三叉路から宮之浦岳は遠く見えるが、コースタイム通りの30分ほどだった。山頂には女性二人、ガスに囲まれ展望は無かった。高塚小屋に向けて下山、雷が来そうな感じがしたので、足早に下る。高塚小屋でカミさんと合流予定だったが、新高塚小屋入口で出会う。下の小屋はトイレがあまりきれいでなく、上がってきたと。

 新高塚小屋は屋根付きデッキもあり、土間も広く快適であった。ここのトイレは「おつり」などなかった。

8/11(土)

5:53 新高塚小屋発

7:30 縄文杉

10:10 森林鉄道軌道

12:01 白谷雲水峡への分岐

13:10 辻峠

14:57 バス停

 朝から断続的に小雨。天気雨、スコールといった感じ。縄文杉へは木の階段が多く、結構高くて踏み外したら危なそうなところも。縄文杉は朝日を浴びて木肌が明るく美しかった。ここからウイルソン株にかけて、登ってくる団体が多かったが、渋滞になるほどでは無かった。ガイドは傘(折り畳みでなく、長い傘)を持っている人が多い。森林鉄道軌道は橋の個所が枕木の間が空いているので要注意。片足落ちて、足首をひねりかけた。辻峠への登りはガスの中、視界がないので太鼓岩(展望台)はパス。峠から白谷雲水峡は苔の美しい森。15時過ぎのバスに乗りたかったので、ゆっくり出来なかった。

天気図:気象庁HPより

朝はカスミのかかった空も、登る頃より青空が広がってきた。夜は快晴、天の川が良く見えた。

 台風13号が関東地方に近づいた。千葉で9時、西北西の風6.5m/sと意外と弱かった。

朝は快晴、永田岳では水平線から登る日の出が見られた。(5:40頃)、昼過ぎから稜線はガスに覆われ、宮之浦岳(12時)山頂では周囲の展望なし。

夜から朝にかけて雨。日中は断続的に降ったが、午前中は晴れ間も。午後、白谷雲水峡に下る頃には雲が広がったが、下山した宮之浦は蒸し暑かった。

2018年

8月

06日

八ケ岳全山縦走

7月25日(水)から2日(土)までの4日間をかけて八ヶ岳全山の縦走を行った。参加者は(L)H野、A部、S崎の老年3人組。

725日水(曇り)700のあずさ1号にて小淵沢へ。小淵沢から観音平はタクシー。観音平9:45発、編笠山山頂2525m1315着。山頂の眺望良し。青年小屋を過ぎ、権現小屋に荷物を置き権現往復後キレット小屋着1700。水源はすでに枯れていたが雨水のオーバーフローを無料で提供してくれたので煮沸使用した。宿泊者はないようだ。テントは550/人。ビール700円(写真は編笠山山頂から最終目標蓼科山を望む)

 

 

 

 

726日木(晴れ)

 

530出発。赤岳には745着。山頂は大賑わい。横岳、硫黄岳を過ぎ振り返ると荒々しい硫黄の火口壁が目に入る。夏沢峠への下りから根石岳、天狗岳付近はコマクサ保護区で大群落を形成している。中山峠を過ぎ、高見石小屋から白駒池に下る。1700白駒池キャンプ地着。テント800/人+トイレ代100/人。ビールは570円と安い。トイレは水洗できれい。

 

地元産のオーガニックワイン1800円はなかなか。(写真は赤岳へのはしご場)

 

 

727日金(晴れ)

 

550出発。麦草峠、茶臼山を過ぎ、縞枯山の縞枯れ現象を確認。雨池山を越すあたりより安山岩の累々たる岩石帯に入り、三つ岳、北横岳、大岳と断続的な岩石帯で神経を使う。

 

1440双子池着。双子池は最近5mも増水したとのこと。飲料水は池の水を使う。特に問題なし。但し、洗い物は池でするようにとの説明がありちょっと疑問。ヒュッテ宿泊者はなく雌池テント場にも2張りだけで至って静か。テント800/人、ビール350ml500円。よく冷えていた。(写真は縞枯山の縞枯現象)

 

 

728日土(風雨)

 

テントに当たる雨の音で起きる。早々に撤収して大河原峠に向かう。駐車場に2台車が停まっているだけで静か。この辺から風も強まり、台風の前兆が明らか。将軍平の小屋の軒下で休んでいたら小屋番がこの天気で行くなら自己責任で、とのこと。山はいつでも自己責任。

 

直線的な岩石帯の急登を続けること25分ほどで風雨が荒れ狂う蓼科山山頂に到着。記念写真もそこそこに累々たる岩石帯の下りを続け1020にビーナスラインの蓼科山登山口に到着。女ノ神ヒュッテは閉まっていたので軒先でバスを待つこと1時間、乗ったバスはなんと横谷峡入口行!石臼台別荘地で北八ケ岳ロープウェーからのバスに乗り換え茅野駅へ。

 

駅に荷物を置いてタクシーで近くの日帰り温泉に行き4日間の汗と垢を拭う。さっぱりして駅に戻り蕎麦屋で乾杯、帰途に就いた。

 

北八は針葉樹林帯をてくてく歩く、というイメージを持っていたのだがさにあらず、累々たる岩石帯の大岩を渡り歩くところが多く、しかも登山路が直線的な急坂の連続でなかなかのタフコースだということを思い知った。一歩足を踏み外せば大怪我間違いなしなのでヘルメットは必携だろう。しかし南八の賑わいに比べれば至って静かで味わい深い夏山縦走を楽しめた。総距離42.1㎞、累計高度登り5,583m、累計高度下り5,439m。(写真は風雨の蓼科山山頂)

 

2018年

5月

29日

富士山板収めスキー(須走口から)

【日程】5/20(日)
【山域】富士山須走口から往復
【メンバー】M森、I出
【行動概要】6:00須走口駐車場出発。 7:00 標高2300m。  10:45 標高3000m アイゼン登行。 12:00 標高3390m地点まで登り終了。 12:45滑降開始 3000m地点でスキーを外して登山道を下山。
15:30駐車場に戻る。
      

 須走口の駐車場より望む富士山。いつも通勤電車の窓から見える富士山の

上半分という感じです。さすがどっしりした感じで近そうで遠い・・・。

私にとっては初めての富士山で、ただひたすら歩みを進めるのみ、と気持ちを引き締めて登り始めた。

朝は冷え込んだ分澄んだ大きな青空が広がった。雲海を見ながらスキーを担いで高度をかせぐ。2800m付近から雪が出てきたが、登山道の雪はほとんどなかった。風は強く冷たい。

 3000m付近からスキーブーツにアイゼンを付けて登る。さすが富士山。このダイナミックな斜面を滑るために、スキーやスノーボードを担いで登っている人が大勢いた。高度が上がるうちに、まわりを見ている余裕がだんだんなくなってくる。あの石まで登ろう、あのくぼみまで上がろうとするが、足がずんと重く眠くなってきた。ああ、これが高度障害かと思いつつ、数メートル登るごとに息をつく。
 
 

 雪面はウィンドクラストしていたが、数メートルの違いで雪の柔らかい部分があり、下界を見下ろしながら今シーズン最後の滑りを楽しんだ。
下山道の砂走りの道は足首まで砂に埋まる道で、足を取られるのでなかなか気を遣った。林の中に入ると鳥の声が聞こえ、気温も上がる。雪の残っている富士山の上部との差を感じ、あらためて山の大きさを思った。晴天に恵まれ、初めての富士山と板収めスキーを楽しみました。M森リーダ-ありがとうございました。

2018年

5月

12日

富士山(富士宮五合目より)

 5:45 水ケ塚公園より。赤線は滑降概略ルート(雪渓の間はブルドーザー道をトラバース)

日時:2018年5月12日(日)

天候:晴れ後薄曇り

メンバー:M森、I松、M浦、EB戸

凡その行程

7:00 富士宮五合目発

9:44 八合目 3230m、運動靴から兼用靴に履き替える

11:11 九合五勺 板をデポ

13:00 火口縁

    九合五勺~2800m付近まで滑降(途中、徒歩でブルドーザー道トラバース)

15:50 五合目戻り

 

朝、水ケ塚公園駐車場でM森リーダーと出会った。富士山を眺めながら本日の滑降コースの説明を受ける。宝永火口上で雪が終わっている雪渓を頂上から滑り、雪が切れているので歩いて西側の雪渓に入り滑降するとのこと。公園から見る富士山は、ほとんど茶色で上部に雪の筋が少しあるといった感じだが、右下に宝永火口を配置した構図は、なかなか良いと思った。

 

予定どおり630頃、富士宮口駐車場に4人は集合した。今日は、頂上まで板を背負うことになると予想してシールは置いていくことにする。兼用靴を装着した板をザックに取り付けて運動靴で歩くことになった。

 

700 富士宮五合目出発。運動靴のおかげで足回りは軽快だ。

 

 840頃 七合目、眼下に見える景色は海岸線も確認できた。あれは愛鷹山、伊豆半島、○○山、△△山と神奈川県民のEB戸さんが教えてくれる。

 

 944 八合目3,230mで運動靴から兼用靴に履き替える。雪が硬くなく雪の無い所もあるのでアイゼンは付けなかった。

 

 9合目 アイゼン装着。自分は、アルミとスチールのアイゼンを車に積んできたが、五合目出発の際に超軽量のアルミを選択した。テックビンディング用の兼用靴専用のアイゼンなので靴との相性は良く、今回はこれで良かったと思う。

 

 1200九号五勺 雪が少なく下山に体力を使いそうなので、板をデポしての頂上往復組(M森、I松)と停滞組(M浦、ED戸)に分かれた。停滞中に行き交う人々を見ているとスキーヤー、ボーダーは、もちろんいるが、ピッケル・アイゼン・ヘルメットのツボ足登山者が多い。これだけの若者~中年ぐらいの若い層のツボ足登山者を見ることはめったにない。

 

 1310頃 頂上往復組がデポ地点に戻り、 九号五勺小屋より滑降開始。下に行くほど雪は柔らかく、凸凹があり、雪面が汚れてくる。下部は土砂が雪面に浮き出ているような感じ、横滑りで降りた。ブルドーザー道の100mぐらい上で雪がなくなり、板を背負って歩いて下り、ブル道をトラバースして西側の雪渓に横から入った。ここは八合目小屋付近から2,800m付近まで雪は続いていて雪面はそれほど汚れていなかった。雪がなくなり運動靴で歩く五合目駐車場までの道はとても長く感じた。

 

 1550 五合目駐車場に戻り、10年間で今年ほど雪が少ない年はないといった話がでる。自分は寝不足で力強く登れなかった反省点はあるものの、初めての富士宮口からの山スキーで充実した1日だった。

 

参考

2017/5/21 スカイラインの途中より

中央の雪渓は、ブルドーザー道まで続いているように見える

 

2018年

5月

04日

4/28-30 朝日岳

メンバー Y氏 T置
4/28(土)
9:10: 栂池ロープウェイ山頂駅着
11:10: 天狗原
12:20: 乗鞍岳山頂 
17:00: 蓮華温泉着
晴天無風でとても良い天気、多くの人が天狗原へ登っている。
暑い、半袖短パンのスキーヤーもいる。
天狗原から乗鞍岳、白馬大池に出てしまい大池山荘に出てしまい天狗の庭の尾根の西側を滑ってしまった。(本当は乗鞍沢か振り子沢を滑りたかった)
道迷いの心配はないものの野営道具を背負い、登り返しで私はへろへろになってしまい蓮華温泉に出るまでに時間を要してしまった。
山荘付近でフキノトウをとり、テントを張りつつビールで乾杯、荷物をテントに移して温泉を満喫、夕食を食べながら翌日のコースをT置さんと相談する。
9時ごろ就寝。
4/29(日)
6:30: スタート
7:50: 瀬戸川の橋
9:15: ひょうたん池を超えた先の2つ目の橋
12:10: 夏道を通り1983m地点
14:10: タイムアウトの為2060m地点から滑走開始
17:00: 蓮華温泉着
2日目も晴天無風、Y氏は前日に出来た足の水ぶくれに悩まされペースが上がらない。ひょうたん池を過ぎて夏道を行くと手すりのない橋にでる。高度もありへっぴりごしになりながら渡った。高所恐怖症の私にとってはかなり怖い。強風だったらまず渡れないだろう。その後夏道を進んだがこれが失敗。橋を渡らずに沢の左岸を登った方が正解だったようだ。ここからもペースが上がらずに2060m地点から下山開始した。
山頂からは気持ち良さそうに滑り降りるグループが見える。宿題が出来てしまった。
下山はあっという間。夏日の為、2Lの水筒と500ml1のテルモスのお湯を全て飲み切ってしまった。私はへろへろで下山したがT置さんはかなり余裕のある感じだった
下山後靴を脱ぐと両足のかかと土踏まずに500円玉サイズの水ぶくれが出来ている。
帰ったら防止策を考えよう。温泉も足をつけれず変な体勢で体だけ浸かる。
明日栂池まで戻れるか心配。
4/30(月)
6:45: スタート 振り子沢を登り栂池に向かう
11:25: 天狗原着
12:00: ゴンドラ山頂駅着
T置さんにテントを持ってもらいスタート。(スミマセン…)
テントサイトから山小屋の反対側の振り子沢を登る。途中緊張感のあるトラバースもあった。
足の痛みと、重い荷物の為ペースが上がらず休み休み登る。
ようやく天狗原につきあっという間に山頂駅へ。ちょうど12時に出発するゴンドラに飛び乗る。
3日間晴天に恵まれキャンプでも全く寒くなく温泉を満喫出来た。
私は足の水ぶくれ、ルートどり、荷物の多さなど今後の課題が多くあったものの充実した三日間を過ごす事が出来た。 T置さん、スローペースに付き合ってくれてありがとう。

4/28-30 朝日岳

2018年

5月

02日

至仏山から燧ケ岳

日時:2018年4月30日(月)、5月1日(火)

天候:晴れ時々曇り

メンバー:M森

行程:

4月30日

10:55 鳩待峠発

13:45 至仏山着 14:20 発:

15:15 至仏山荘着

 

 鳩待峠から板を背負って10分ほど登ると、雪が続くようになり、スキーを履く。出発が遅かったためか、ツボ足の登山者が多い。悪沢岳手前から、小至仏山、至仏山手前まで、稜線の東側をシールで登高出来た。

 至仏山からの滑降は、夏道沿いの山頂直下の残雪は50mほどで消え、木の階段が露出しており、100mほどそれを下ると、その下は山ノ鼻まで雪が続いていた。(今回、高度計を持参しなかったので、高度差は感覚的な数値)重いザラメ雪で、所々固い個所があり、滑っているとガタガタして、滑りにくかった。

 山ノ鼻には。着いた時点で、25張りほどのテントやツエルトがあった。

5月1日

5:00 山ノ鼻発

6:50 見晴

10:40 赤ナグレ岳付近の稜線

11:40 燧ケ岳(爼嵓)着、 12:25 発

12:40 熊沢田代

13:30 車道 13:55 御池

 

 山ノ鼻からスキーを履いて、木道脇の残雪を進むが10分ほどで木道以外進めなくなり、板を背負う。竜宮小屋付近で少し雪の上を歩くが、木道部分はほとんど乾いていて、途中で運動靴に履き替え、見晴までそのままでOKであった。

 見晴からはシールで登高できた、トレースを追って、赤ナグレ岳付近で稜線に出たが、稜線直下100mほどは傾斜が急で、板を担いだ。その先、俎嵓南側、2300mまでもシールでOK、その先は、登山道が露出していて、再び板を背負う。

 俎嵓の御池側2300m付近から車道まで雪は続いていたが、熊沢田代付近までは筋状の残雪で、トレースの凹凸や、土砂の汚れが多い。熊沢田代の登り返し部分は階段が露出していた。この登り返しを避け、1986mピークの南を巻いたが、東ノ田代北側の緩やかな尾根に入ってしまったらしく、車道に出たのは、御池南、1kmほどの地点だった。シュプールがあり、後ろから3人パーティが来たので、一般的に滑られているコースの様だった。

 残雪が非常に少ないという情報があったが、スキーは登り、滑りともほぼ使用できた。(至仏山下りの一部を除けば)、ただ、気温が高いこともあってか、雪質はあまり良くなく、滑りの快適性は今一つだった。

2018/5/1 11:50 燧ケ岳より、至仏山
2018/5/1 11:50 燧ケ岳より、至仏山
地図:国土地理院HPより
地図:国土地理院HPより

天気図:気象庁HPより

桧枝岐(標高973m)の最高/最低気温

21.9℃/5.6℃。平年値15.9℃/3℃

で最高気温は平年値より6℃以上高い。

本州中部は日本のはるか東の高気圧に覆われている。

東京の最高気温は25.7℃

上層の気圧の谷の通過により、夕方は雲が多くなった。

気象庁HPより

桧枝岐、最高/最低気温

22.2℃/7.4℃

東京の最高気温は28.1℃

日本の南の高気圧に覆われている。

2018年

4月

23日

月山スキーツアー(清川行人小屋泊)  2018/04/21-22

【日時】2018/4/2122日 ※4/20前日泊

【山行形態】 山スキー

【山域・場所】 月山 南東面  ※清川行人小屋泊

【メンバー 】TT(L)HY(SL)HKUYAMSSSJTSTT(会員外)

【行動概要】

昨年の同時期に姥沢から肘折温泉まで1日で踏破したが、午前中は小雪混じりのホワイトアウトの中の登山だった。

 

特に月山山頂から千本桜までは雪面と空の区別もつかず、コンパスやGPSを駆使した下降となり、滑りを楽しむ余裕など全く無かった。

 

今年は

 

420日(金)姥沢 民宿泊

 

 夕方、昨年もお世話になった姥沢の民宿に各車集合。雪は昨年並みかやや少な目に見えた。

 

今年は月山スキー場のリフトの支柱が雪害で傾き、現在補修工事中でリフトは運休している。稼働はGW前になりそうとの事。

 

公営駐車場もガラガラ、宿もスキー客のほとんどがキャンセルした為、宿泊者は我々の他は、念仏小屋泊で肘折温泉へ向かうという女性1人だけだった。

 

 

姥沢より月山方向を望む
姥沢より月山方向を望む

4月21日(土)快晴

 

姥沢700ー牛首9301,900mー月山山頂1030//1040ー千本桜方面1,820m付近ー月山山頂1140//1200ー清川行人小屋1240

 

 宿の美味しい朝食を食べ、7時に出発する。高気圧に覆われた空には雲一つない青空が広がり気分が高まる。気温も朝から高く、それぞれ薄手の装いだ。登路はリフトの右側から尾根に上がり姥ケ岳の下部をトラバースして牛首に至る。今日明日と天気が約束されているので登山者の数も多い。宿の主人の話だと今年は雪解けが早く、牛首から山頂への夏道の上部はすでに雪が無くなって地肌が出ているとのこと。牛首で休憩がてらルートを観察していると、2パーテイーが夏道右側の尾根まで雪が繋がっている様に見える斜面を登って行くのが見えた。あのルートを行けばスキーを担がずにすむのでは。我々もそのルート辿ると、2030mスキーを脱いだだけで尾根筋の雪原に出た。大正解であった。そこから20分ほどで山頂に到着。重荷をデポし、展望を楽しんだ後、千本桜へ向かって滑降。大斜面とザラメ雪にH氏も会心のテレマークターンを決めている。だが、標高差で150mも滑ると、雪も緩みストップ雪に。これ以上は滑っても楽しくないと、ここから登り返す。山頂で荷物を詰め直し、方向を定めてから大雪城を小屋目指して標高差600mを滑降。清川行人小屋着1240  若い元気な者なら、登り返してもう一本ということも昔はあったが、年少者で60才、平均年齢65才オーバーでは滑りよりビールの方に食指が動く。早速、小屋前の雪原に雪のテーブルを作り宴会開始。大斜面に描かれたシュプールを肴に飲むビールは至福の時を与えてくれる。

 

小屋には、前には無かった時計型薪ストーブが設置され、薪も玄関内に積まれてあった。

 

ひと休みを入れた夜の部は薪ストーブを囲み、大いに盛り上がる。我々だけで、他に宿泊者が居なくて良かった。 

422日(日)晴

 

 清川行人小屋700ー月山1,900m付近900ー牛首930//940ー姥沢駐車場102 0

 

 昨夜は強風が唸りを上げていて心配したが、陽が昇ると共に少しづつ収まってきた様だ。

 

昨日、尾根に出た1,900m弱のポイントに2時間ほどで着く。牛首を経由して、姥沢の民宿に102 0着。

 

天候に恵まれ、春の雪山を満喫した山行でした。

 

清川行人小屋前で
清川行人小屋前で

<ルートの概要> (なお、ルートはGPSデーターではなく手書き)

2018年

4月

15日

Trekking in the Nepal Himalayan Range

Namaste、ご無沙汰です。

ニューデリー駐在になってから早2年が経過。時が過ぎ去る早さを年々痛感している今日この頃。

そんな中、ぶち抜きで14日間の休みを会社から強行取得し、冒険家の植村直己に思いをはせながら、ルクラを起点にネパールヒマラヤをエベレストBCまでトレッキングしてきました。

ルートはなだらかな登山道をひたすら歩くイメージ、気を付けなければならないのは手持ちの現金と未知数の高度、日没後の防寒対策のみ。

日々の寝床は屋根あり個室ありのロッジ(山小屋みたいなもの)、温かい食事もとれるため、特段心配するようなことはなく、景色と現地の地酒(チャン、ロキシー)を楽しみながら、仕事を完全に忘れ、絶景を肴に日中からへべれけになれる楽しい旅でした。

 

【日程】

2017年12月12日(火)DEL発~12月25日(月)DEL着

12月12日(火)New Delhi -> Katmandu(Flight), Stay at KTM

12月13日(水)Katmandu -> Lukla(FLight), trekking to Tok Tok

12月14日(木)Tok Tok -> Namche Bazar

12月15日(金)Namche -> Kumjun -> Namche

12月16日(土)Namche -> Deboche

12月17日(日)Deboche -> Dingboche

12月18日(月)Dingboche -> Chukhung -> Chukung Ri -> Dingboche

12月19日(火)Dingboche -> Lobche (EVK2CNR Piramid)

12月20日(水)Lobche (EVK2CNR Piramid) -> Gorak Shep

       -> EBC -> Kala Patthar -> Gorak Shep

12月21日(木)Gorak Shep -> Kala Paatthar -> Deboche

12月22日(金)Debche -> Kumjun

12月23日(土)Kumjun -> Lukla

12月24日(日)Lukla -> Katmandu (Flight)

12月25日(月)Katmandu -> New Delhi (Flight)

 

【メンバー】

N谷+Luklaで交渉・雇ったシェルパの兄ちゃん(ポーター兼ガイド)

 

興味ある方は以下続きをどうぞ。

12月12日(火)

デリーからカトマンドゥ入り。

カトマンドゥ~ルクラのチケットを街中で手配。

カトマンドゥ中心街のタメル近辺の猥雑さは、デリーを狭く・もう少し汚くした印象。デリーでは日常で近い風景を日々見ているのでげんなり、旅をしている感覚なし。とっとと要件を終わらせてホテルでくつろぎたい一心。

Fuji Hotelに宿泊し、近郊の旅行会社でカトマンドゥ~ルクラ往復のチケットを購入。旅行会社によってだいぶ値段が異なり、3件ほど価格比較のために立ち寄る。

最終的に最も安価なSummit Airの往復チケット(147$だったかな?)を購入。

しかし、ホテル帰投後Summit Airをネットで調べたら、holy shit, 2017年5月にルクラ空港へ着陸する際墜落していることが判明、そして旧社名Goma Airを最近変えたばかり。そりゃ安いわな。

カトマンドゥ市内はとにかく乾燥して埃っぽく、夕方から猛烈なのどの痛みを発症、早速風邪を引いた。

12月13日(水)

Katmandu(1,500m)

→Lukla (2,840m)

→Tok Tok(2,760m)

いよいよ出発だぜ。小さな機体だが大丈夫だろう、きっと。パイロットだって家庭があり、死にたくないだろう。

私以外は旅行会社経由でガイドツアーを頼んだ人たちの模様、ガイドを従えた複数人が何組か搭乗。

え?寂しくはないのかって?

そんなことはない、植村直己の”青春に山をかけて”がザックに入っている、これで十分。

今日はルクラ泊か、ナムチェ手前までか行くか、いずれにせよナムチェの標高が高いので初日で行くつもりなし。

EBCは老若男女行くルートなので一人旅を予定していたが、諸般の事情で同行者をつけることがこの旅の必須条件に設定されてしまった。

ルクラ到着後、帰路宿泊することとしたロッジにガイドを紹介してもらい、面接&条件交渉。結果、ノリのいい23歳のあんちゃんが来て、雰囲気よさそうだったので即席のポーター兼ガイドを獲得。荷物(13kg)を持つと言われた。ラクチン、殿様トレッキング。

ちなみにこのあんちゃんは英語殆ど通じず、交渉は片言の英語を話す若い奥さんが代行、しっかりしていた。やはり女性は強い。しかし、何事も交渉事のインドで染みついた習慣がネパールでも本領発揮、オフシーズンであることも手伝って、リーズナブルな値段で妥結。

当日はTok Tok集落のロッジで宿泊することに。

12月14日(木)

Tok Tok (2,780m)

→Namche Bazar (3,440m)

ナムチェ到着。

直前の階段が少しつらかったが、ちょぼちょぼ少しづつ足を出せばなんということはない。

しかし、ナムチェにはNorth Faceの直営店やIrish Pub、Pool Barがあり、携帯電話の3Gが届いていることには驚いた。スマホで日本の家族とラインができてしまった(会社のメールアプリに100通以上の未読メール通知があったが、気づかないふり)。

なんじゃこりゃ、びっくりぽん。

 

12月15日(金)

Namche Bazar (3,440m)

→Khumjung   (3,780m)

Namche Bazar (3,440m)

朝日のエベレストが見れる、シェルパ博物館がある小高い丘へ。早朝の寒い中写真撮影。

しかし、今朝から頭が割れるように痛い。脈拍に合わせて頭痛がゴンゴンズキンズキン、痛い・・・昨日まで何ともなかったのに・・・これが高山病か・・・。

しかし、ここで挫けたらこの先はない、少し高度を上げて、もっとひどい状況を味わったのちにこのナムチェに戻りさえすればナムチェの頭痛は普通になるだろう、と心へ鞭打つ。

この日の朝から、デリーで買ったDiamox 250mgを12時間おきに服用。

 

ちなみに、デリーではこの錠剤が処方箋なしで15個Rs. 60(100円)で買えた、すなわち1錠10円未満。

明らかに安すぎるが、一応Pfizerとの刻印もある、きっと問題ないはず。

 

余談だが、高山病のため道中の道端でうずくまっている可哀そうな中国人に遭遇したので、広い心を持つ私は無償でDiamoxの予備を何錠か融通した。結果、奴はEBCまで行ったみたいだが、後から1錠100$で売るべきであったのではないかと後悔した。後悔先経たずとはこのことか。

 

この日は可能であればクムジュンまで足を延ばして一泊したかったが、その後の旅がダメになるのは避けたかったので、ナムチェ~クムジュンで昼飯~ナムチェの散策にとどめた。

ちなみにクムジュンに到着した昼頃には、膨らんだ脳みそが頭蓋骨に圧迫されているような感覚の、とてつもない頭痛に発展した。おおぅ、痛い、目から耳から鼻から脳みそが出て来そう。しかし幸いにも食欲は全く衰えず。

その後は憂鬱な気分に鞭打って、クムジュンの小高い丘にあるチョルテンまで散策し、その甲斐あってか、ナムチェに戻るころは頭痛も治まり、夜は爆睡。

 

12月16日(土)

Namche Bazar (3,440m)

→Tengboche   (3,860m)

→Deboche    (3,820m)

ナムチェからデボチェへ移動。

それにしても、景観がすごすぎる・・・タムセルク、カンテガ、アマダブラム、エベレスト、ローツェ・・・本、テレビでしか知りえなかった世界が目の前に広がっていた。

12月17日(日)

Debouche  (3,820m)

→Pangboche  (3,930m)

→Dingboche  (4,410m)

いよいよ4,000m以上の高所へ。パンボチェ以降はさすがに空気が薄く感じるようになり始めた。

夜は、ヤクの糞のストーブを囲みながら、オーストラリアからのカップルと談笑。

 

12月18日(月)

Dingboche  (4,410m)

→Chhukhung (4,730m)

Chhukhung Ri (5,550m)

→Dingboche  (4,410m)

高度順応の一環で、チュクンリーまで行ってローツェ、チョオユー、アイランドピークを眺めに。すげー、これがモレーンというものか、なるほど。

12月19日(火)

Dingboche   (4,410m)

→Pyramid  (4,970m)

今日はひたすら500mの標高差をてくてく歩く。

Pyramidは立派な施設で、部屋に充電用コンセントあり、金を払えばシャワーも浴びれるラグジュアリー施設。凄いねぇ・・・。

途中、エベレスト山群の登山で命を落とした人たちのケルンが集積している箇所あり。日本人のケルンも何個かあり。敬意を表してしばし黙祷。

12月20日(水)

Pyramid   (4,970m)

→Gorak Shep  (5,140m)

→Everest BC  (5,364m)

→Gorak Shep (5,140m)

→Kala Patthar(5,550m)

→Gorak Shep  (5,140m)

今日はついにハイライト、EBCへ向けPyramidを0530頃出発。

 

途中、今夜の宿があるGorak Shepに立ち寄り荷物をデポ、そのままてくてくEBCへ向け移動。

なお、ここでも体調不良の白人共を拾うためにヘリコプターがバンバン飛来。30分弱の滞在で2機来ていた。ちょっと気合が足りないんじゃねーのか?

そしてついに氷河上のEBC到着。

なるほど、これがクーンブ氷河か!

ほっほー、これがアイスフォールね、なるほどなるほど!

とにかく、圧巻。

快適なロッジが整備され、完全に商業的な雰囲気満載(金さえあれば必要なものはどの村でも大体揃う)の今なら誰でも来れるが、70年代に来た植村直己含む日本の登山隊の苦労が想像された。

EBCの後はGorak Shepに戻り、昼食後Kala Pattharの小高い丘へ。

残念ながら雲が出てきたためエベレストの写真を撮れず。

3時間粘ったものの、日没後は気温がぐんぐん下がる一方だったため、帰路につく。

う”う”~、寒い。

12月21日(木)

Gorak Shep     (5,140m)

→Kala Patthar途中(5,300m)

→Gorak Shep    (5,140m)

→Pheriche     (4,240m)

→Pangboche    (3,930m)

→Deboche      (3,820m)

目的は果たせた。もう数泊して天気が好転することに掛けることは出来たが、生まれたばかりの娘の顔を見たい。もういいや、帰ろう。

そうと決まると、復路は降りるだけなので足取りは非常に軽い。

途中アルコールを解禁、ガイドのあんちゃんに、チャン飲みたい、ロキシー飲みたい、と要求したところ、道端の茶屋にチャンがあることが判明、ゴクゴク。チャンは、見た目はカルピスなるも、韓国のマッコリをさらに酸っぱくして水っぽくした様なお酒でした。久しぶりのお酒は五臓六腑に染みわたって旨い。

当日はPangpocheで一泊の予定が、Pangbocheのロッジが満室だったため、Debocheまで戻ることに。久しぶりのアルコールにも関わらず、しこたまチャンを飲んだためか、最後PangbocheからDebocheまでの3㎞はガイドのあんちゃんと共に300m毎に立ちションしながら千鳥足。

12月22日(金)

Deboche      (3,820m)

→Khumjung   (3,780m)

体力的には一気にルクラまで行けたが、その昔、植村直己が越冬したクムジュンで一泊したかったので、復路であえて一泊。

また、クムジュンにはガイドの兄ちゃんの親せきがロッジを営業しており、ロキシーを飲ませてくれることに。

この日は昼過ぎにロッジに到着。

植村直己が越冬したテンジン・ペンパの家に行ってみる。

残念ながらテンジン・ペンパはすでに亡くなっていたものの、おそらく近年立て替えられたのであろう家はまだ残っていた。家は借家としてテンジンヒラリー高校に通う学生さん用に貸し出している模様。息子さんたちは北米に移住しており、娘さんが近隣の村でロッジを経営しつつ、まだ存命のペンパの奥さんの面倒を見ているとのこと。

宿に戻ると、まさにロキシーを作っているじゃないか。日も落ちて涼しくなり始めたため、暖を取るがてら見学。いったいどんな酒なのか、楽しみだ。

ゴールも目前、キャッシュ残高を気にする必要もなくなったため、晩飯は豪勢にヤクステーキをたべて、ロキシーをカパカパのみながら、ヤクの糞のストーブを囲みながら、英語が話せるロッジのおっちゃんと遅くまで談笑。楽しかった。

 

12月23日(土)

Khumjung   (3,780m)

Lukla    (2,840m)

”Takeshi, hey Takeshi wake up!”う~ん、なんだよ・・・兄ちゃんか。頭が痛い・・・げ、0600起きのはずが既に0730ではないか。しかし、今日はルクラまで行くだけ、気が楽。

朝飯を食ってうんこをしたが、うんこからロキシーの臭いがした。息も酒臭い。昨夜完全に飲みすぎた・・・しんどい。高所での二日酔いを舐めていた。

テクテク歩いてルクラへ。

ところで、シェルパの兄ちゃんの酒の飲みっぷりはすごい。

朝から途中の茶屋で”チャン飲もうぜ”と誘われたが、ロキシーが抜けきっておらず気持ち悪かったので遠慮した。

しかし、後半ルクラが近づくにつれ、ロキシーも体から抜け、ネパールラムのお湯割りを互いにおごりあいながらゴクゴク。あったまる~。

12月24日(日)

Lukla    (2,840m)

→Kathmandu

飛行機が無事飛び、Kathmanduへ戻ってきてしまった。

色々あったが、楽しい旅だった。

2018年

4月

12日

桧枝岐 三岩岳  2018/4/7

【日程】2018年4月7日(土)、8日(日)

【山域】桧枝岐三岩岳

【メンバー】A部(L) I松 T置 I出

【行動概要】4/7(土)11:30三岩岳登山口出発
 14:00 1200m付近 雪が出てきたのでスキーで登る。

16:45 避難小屋到着

4/8(日)7:30避難小屋出発

9:00 1400m地点 南東の斜面を1本滑る。
11:50 登山口着

 

登山口から尾根に上がると1200mくらいまで雪はなく、スキーを担いで歩く。

足元にはイワカガミが咲いていてすっかり春の雰囲気。

しかし、だんだん天気は悪くなり。風雪強く一転して冬山に。斜面も凍ってきて、ひたすらスキーのトップを見ながらの登りになった。ようやく「避難小屋がみえたよ~。」

良かった、屋根が出ていた。小屋の2階の小さな窓から出入りする。屋根の梁にお助け紐がついていて、体をねじ込んで梯子に足を置く。1階はきれいに整えられていて、置いてあった銀マットもありがたく使わせてもらった。夜は-10度くらいまで冷え込む。吹雪の中、用を足しに外に出るために気合が必要だった。

早朝、風がいくらか穏やかになったように思えたが、出発する頃はまた雪と強い風。

三岩岳の登頂はとりやめて下山することにした。前日のアイスバーンに10cmくらい新雪が積もり、思いがけないプチパウダー。時折ガリガリという斜面に足を取られるが、ブナ林の中を滑るのは気持ちが良い。1500m付近からは風が収まり日差しがみえるようになった。途中、1400m付近から南東の斜面を1本滑り、シールを付けて登り返し、1308mピークを周りこみながら尾根に戻り、木が密になったところでスキーを外した。
 寒の戻りで、2日間に春と冬を一度に経験した週末だった。南会津の里でも、時折風花が舞う天候。桜のつぼみもまだ固い。湯の花温泉で温まり、美味しい村の手打ちそばをいただいて帰路についた。

2018年

4月

03日

八方尾根 無名沢 2018/4/1

日時:2018/4/1(日)

天気:晴れ

メンバー:I江(L)、M森

行程:

8:20 スキー場トップ発

9:10 下の樺 (2200m付近)

9:50 無名沢へ滑降

10:10 南滝 (1300m)

10:50 湯ノ入沢(1130m付近)渡渉

11:30 八方山、北東側の沢出合(1100m付近)

11:50 板を担いで、除雪された林道へ

12:10 二股

 昨日の雨飾山・荒菅沢に続き、今日は八方尾根へ。

ゴンドラ運転は7時半からなので、6時半過ぎにチケット売り場へ。売り場には列ができたが、ゴンドラが動きだすと、こちらは待ち時間わずかで乗車できた。八方池までは多くの登山者でにぎわっている。稜線は風が強く、まだ雪面がやや硬いので、雪待を兼ねて、下の樺まで進む。輪島の850hPa、9時の予想気温は6℃で、昨日より3℃ほど高い。

 無名沢上部は、雪が固い個所も残っていたが、少し下ると、快適なザラメ雪となった。南滝は水流は出てなく、階段状に雪が残っていて、板を外して下った。初めて来たので、滝の形状や、規模が判らない。I江は左よりに、M森は右寄りを降りたが、段差を飛び降りた拍子に片足、落ち込む個所があり、少々怖い思いをした。

その先、デブリがひどいのでしばらく板を担ぐ。

 湯ノ入沢は大きな堰堤があり、スノーブリッジは無く、靴のままで渡渉する。川幅が広く、水深は浅いが、飛び石だけでは越えられず、靴の中に水が入ってしまった。

1100m付近では、八方山から北東方向の沢から大規模なデブリが南股入を埋め尽くし、横断は容易な様子だった。(シュプールあり)、除雪された林道で、スキーを脱いで、20分ほどで、二股へ出た。

 無名沢は快適な斜度で、南滝の処理、渡渉、など変化あるコースだった。 

           無名沢を滑る M森さん
           無名沢を滑る M森さん

気象庁HPより

日本海を低気圧が東進しているが、日本の東の高気圧に覆われ白馬方面は終日好天だった。

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